硫黄島の山の上に、6人の兵士が星条旗を立てる──。その一枚の写真は、アメリカ中を熱狂させました。写真に写った兵士たちは「英雄」として国に呼び戻され、全国を回ることになります。けれど、本人たちの思いは違いました。この記事では、写真やイメージがつくる「物語」と、その裏にある事実を考えます。
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「百聞は一見にしかず」と言うように、写真や映像は、言葉よりも強く人の心を動かします。
➡ でも、写真はある一瞬を切り取ったものにすぎません。その前後に何があったのか、写真だけではわからないのです。
- 📷 1945年2月23日硫黄島の摺鉢山(すりばちやま)の頂上で、報道カメラマンのジョー・ローゼンタールが、星条旗を立てる兵士たちを撮影しました。
- 🏆 ピューリッツァー賞この写真は新聞に大きく載り、報道写真の賞として有名なピューリッツァー賞を受賞しました。
- 🚩 じつは「2本目」の旗写真の場面は、先に立てられた旗を、より大きな旗に取りかえたときのものでした。
同じ硫黄島の戦いを、日本側から描いたのが『硫黄島からの手紙』です。2本は同じ監督による「二部作」です。
写真が有名になると、アメリカ政府は、写真に写っていた兵士のうち生き残った3人を本国に呼び戻します。
戦争のための資金を集める「戦時国債」の宣伝のため、3人は「英雄」として全国を回り、大観衆の前で旗を立てる場面を再現させられます。
しかし3人の心には、戦場に残した仲間への思いと、「本当の英雄は自分たちではない」という苦しみがありました。
- ① 宣伝に使われた写真写真は、国民の気持ちを一つにし、お金を集めるための「象徴」として使われました。
- ② 本人たちとのずれ国が語る「英雄物語」と、兵士自身の体験は大きく違っていました。
- ③ アイラ・ヘイズの苦しみ先住民の兵士アイラ・ヘイズは、英雄として扱われる一方で差別も受け、心に深い傷を負いました。
この写真には、さらに驚く事実があります。
写真に写った人物として長く伝えられてきた兵士のうち、原作者の父ジョン・ブラッドリーについて、アメリカ海兵隊は2016年に「写真には写っていなかった」と発表しました。2019年には、もう一人のレイニー・ギャグノンも写っていなかったと認めています。
➡ 何十年も「事実」とされてきたことが、あとから調べ直されて変わることもあります。情報は「確かめ直すもの」でもあるのです。
※映画は2006年の作品で、これらの訂正の前につくられています。
アメリカの俳優・監督。この作品と『硫黄島からの手紙』で、同じ戦いを両側から描きました。製作にはスティーヴン・スピルバーグも加わっています。
写真に写っているとされた兵士の息子。父が戦争について語らなかった理由を調べ、ノンフィクション『硫黄島の星条旗』(ロン・パワーズとの共著)を書きました。
衛生兵。戦後、戦争についてほとんど語らなかった父親として描かれます。
先住民出身の兵士。「英雄」扱いに最も苦しんだ人物です。
宣伝ツアーでの注目を受け入れ、「英雄」の役割を演じようとする若者。
🌱 今日のまとめ
一枚の写真が、国じゅうの人の心を動かしました。
- 1945年、硫黄島で撮られた写真がピューリッツァー賞を受けた。
- 写真は戦時国債の宣伝に使われ、3人は「英雄」にされた。
- 写っていた人物の特定は、のちに何度も訂正された。
- 写真や映像の前後・写っていない部分を想像しよう。
この写真をもとにした大きな銅像が、アメリカのワシントンD.C.近くにある「海兵隊戦争記念碑(硫黄島記念碑)」です。写真がそのまま国の記念碑になったのです。