1962年、天才黒人ピアニストのドクター・シャーリーは、人種差別がとくにきびしいアメリカ南部へ演奏ツアーに出かけます。運転手として雇われたのは、口が悪く、黒人への偏見も持っていたイタリア系のトニー。この記事では、差別の「しくみ」と、偏見が変わっていく過程を考えます。
題名の「グリーンブック」とは、黒人の旅行者が安全に泊まれる宿や食事のできる店をまとめたガイドブックのことです。ヴィクター・H・グリーンという人がつくりました。
➡ そんな本が必要だったほど、当時のアメリカには差別がありました。特集第6回では、差別の「しくみ」と、それを越える友情を考えます。
ニューヨークのナイトクラブで働くトニーは、黒人ピアニストのシャーリーの運転手として、8週間の南部ツアーに同行することになります。
シャーリーは、コンサートでは白人の観客から拍手を浴びるのに、演奏会場のレストランでは食事を断られ、泊まれるホテルも限られます。
性格も育ちもまったくちがう二人は、ぶつかり合いながら旅を続け、少しずつおたがいを理解していきます。
- 🚫 人種隔離(ジム・クロウ法)南部の多くの州では、法律で黒人と白人の学校・トイレ・食堂などが分けられていました。
- 🌅 日没後の外出禁止黒人が日が暮れたあとに出歩くことを禁じる町もありました。
- 🎹 「拍手」と「差別」の同居演奏はほめたたえるのに、同じ建物のトイレやレストランは使わせない──差別は、ときに礼儀正しい顔をしていました。
差別は「悪い人」の行動だけでなく、法律やルール、「昔からそうだから」という習慣によっても支えられていました。
- ① はじめは偏見を持っていたトニーは、黒人の作業員が使ったコップを捨ててしまうような人でした。
- ② いっしょに過ごす時間旅の中で、シャーリーの才能や孤独を知っていきます。
- ③ 相手の立場に立つシャーリーが受ける差別に、トニー自身が怒るようになります。
- ④ おたがいに学ぶシャーリーも、トニーとの旅を通して、自分の気持ちを表すことを学んでいきます。
この映画はアカデミー賞作品賞を受賞した一方で、批判も受けました。
- 👪 遺族からの声シャーリーの遺族は、シャーリーと家族の関係などの描き方が事実とちがうと抗議しました。
- 🦸 「白人の救世主」という批判黒人の問題を、白人が助ける物語として描いているのではないか、という指摘もありました。
「実話にもとづく映画」は、だれの視点で語られているかを考えることが大切です。この映画の脚本には、トニーの息子が加わっています。
コメディ映画で知られる監督。この作品で、重いテーマをユーモアをまじえて描きました。
口は悪いが家族思いの運転手。
気品と孤独をかかえた天才ピアニストを演じ、アカデミー助演男優賞を受賞しました。
🌱 今日のまとめ
差別は、法律や習慣によっても支えられていました。
- グリーンブックは、黒人旅行者のための安全な宿や店のガイドだった。
- 南部には、人種を分ける法律や習慣があった。
- トニーの偏見は、旅の中で少しずつ変わっていった。
- 作品への批判も知り、だれの視点の物語かを考えよう。
「グリーンブック」は1930年代から1960年代まで発行されていました。1964年の公民権法で人種による差別が法律で禁じられると、その役目を終えていきました。